知的環境づくりのための文房具を考える
板坂元(1989)『文房具が好きな人の本 選び、使い、楽しむコツ-私のこだわり方』日本実業出版社
この本の表紙には以下の紹介文がある。
よい文房具には品格がある。使い心地のよさに心が満たされ、発想が滑らかになる。だから知的環境づくりは文房具選びから始まるのだ。文房具へのこだわりは、ライフスタイルへのこだわりだ。そこに創意を活かせる人は、人とは違った楽しさや価値を人生に見出すだろう。
この本は、筆者の鉛筆、万年筆、ポケットナイフ、文鎮といった個々の文房具に対する思い入れが語られているものである。ただし、著者は単なるモノに対する蘊蓄を述べているのではなく、その言葉の奥には常に”生活の質をいかに高めるのか”という視点がある。生活の質を高めるためのモノへのこだわりを紹介する本なのだ。
この本は、以下の6つのパートから構成されている。
- PART1 「手放せない机上のツール」として、鉛筆、万年筆、ポケットナイフ、文鎮、鋏、インキ壺について
- PART2 「知的環境をつくる」では、照明、本立、ラジオ、FAX、ロッキング・チェア、筆立、紙屑籠・迷い箱、灰皿、デスク、名刺整理アルバムなどについて
- PART3 「質が問われる日々の実用品」では、時計、テープディスペンサー、印・印肉、カッター、カバン、電卓、ステープラーなどについて
- PART4 「発想・思考を授けるモノたち」として、クリアファイル、ワープロ、テープレコーダー、マーカー、百科事典、ルースリーフ、七つ道具、カード、タイプライター について
- PART5 「必携のステータス・シンボル」では、便箋・封筒、手帳、原稿用紙、ティファニー、革装の本について
- PART6 「秘蔵・アンティークの巻」では、文筥、矢立、名刺などについて
ここでは、PART2の知的環境をつくる文房具類について感想を述べてみたい。
PART2では、筆者は学者としての知識や経験を踏まえて、照明、本立、ラジオ、FAX、ロッキング・チェア、筆立、紙屑籠・迷い箱、灰皿、デスク、名刺整理アルバム、CD・ラジカセなどを紹介している。
それら活用方法を紹介するノウハウ本ではなく、自分の知的環境のなかで意義を紹介する本となっている。この本の本質は、冒頭の「文房具へのこだわりは、ライフスタイルへのこだわりだ。そこに創意を活かせる人は、人とは違った楽しさや価値を人生に見出すだろう。」にあるように、自分の感性や生活にあったモノを使うこと=自分のライフスタイルへのこだわりが、知的生活を豊かにしてくれるということである。モノへのこだわりは、生活そのものへのこだわりなのである。生きている限りモノを使わざるを得ない。その生活のなかで使うもの一つひとつにこだわりを持つことをすすめているのである。
この章には、筆者が理想とする「知的生活」というものが、直接的に説明されているわけではない。あくまでも筆者の知的生活を豊かにしてくモノの紹介である。知的環境をつくるためには、このようなモノが必要なのかということである。ただし、モノがあれば知的生活をおくれるわけではない。知的生活に必ずしもモノへのこだわりは必要ではないかもしれないが、こういったモノを身近に使う環境をつくれれば知的生活を豊かにしてくる可能性が高まるということなのだろう。
この本の最後に、「文房具と詩を混同するつもりはないが、けっきょく、日常の生活を豊かにするのは、めいめいのイマジネーションによって現実のイメージを作りかえることになるという点では、共通するものがある。文房具の世界に遊ぶには、見果てぬ夢も必要なのだろう。」(板坂,1989,p.221)。
各人のイマジネーション(モノの見方・枠組み)から、現実のコト・モノを見る(作りかえる)ことが、日常生活を豊かにするということだ。
タイトルは軽い印象だが、クオリティライフを考えさせられる本である。