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神社仏閣・庭園めぐり・旅

東京十社<東京の結界>を巡った記録

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東京十社<東京の結界>を巡った記録

この記事は私と連れ合いが東京十社をめぐり参拝して御朱印をいただいた記録である。1ページに凝縮して書いたので、とても長いページになってしまった。

いつのことだったか、はっきりした記憶はないが、連れ合いの友人が御朱印を集めているというのと聞いて、”御朱印とは何か”をはっきり知らなかった私は、何を思ったのか”一緒に御朱印を集めないか”と連れ合いに提案した。連れ合いは二つ返事でOKだった。幸い、連れ合いは私と出かけるのはそれほどイヤではないらしい。ただ、御朱印を集めると決めたはいいが、なかなか実行に移せず時間が過ぎていった。

東京十社とは

明治元年(1868)明治天皇は、祭礼に際して天皇により勅使が遣わされる准勅祭神社(じゅんちょくさいしゃ)を定め東京の鎮護と万民の平安を祈る神社とされた。当初は12社ありましたが、東京市より遠隔にあった2社が外され10社となった。この時はずされたのは、府中市にある大國魂神社、埼玉の久喜市にある鷲宮神社である。祭祀に際して天皇により勅使が遣わされる神社を「勅祭社(ちょくさいしゃ)」と呼び、勅祭社には、出雲大社明治神宮熱田神宮などがある。

東京十社 東京の結界

「結界」とは、もともと仏教用語であり、教団内の僧が戒律を犯さないように一定の区域を制限することであった。

・仏道修行に障害のないように、一定地域を聖域として定めること。寺院などの領域を定めること。
・密教で、一定の修法の場所を限って印を結び、真言を唱えて護り浄めること。
・寺院の内陣と外陣との境の柵。など
『三省堂大辞林』より

東京十社の結界マップ

東京十社を調べてみると、ネットに東京十社めぐりは、昭和天皇の御即位50年を奉祝して始まるとあった。この十社はそれぞれの伝統と特色をもつ神社である。各神社の所在地とアクセスを下に一覧としてまとめてみた。

東京十社とは明治天皇様が明治元年11月8日、准勅祭神社として幣帛を捧げられ、東京の鎮護と万民の平安を祈願されたお社のことです。勅祭とは天皇様の特使である勅使が派遣されるお祭りで、これに准ずる東京十社は大変に格式のある神社といえます。

名称 所在地(区) アクセス 見どころ
神田神社 千代田区 JR中央線・総武線「御茶ノ水駅」聖橋口より徒歩5分
東京メトロ丸ノ内線「御茶ノ水駅」1番口より徒歩5分
東京メトロ千代田線「新御茶ノ水駅」B1出入口より徒歩5分
東京メトロ銀座線「末広町駅」より徒歩5分
JR京浜東北線・山手線・東京メトロ日比谷線「秋葉原駅」電気街口より徒歩7分
5月:神田祭(日本三大祭)
亀戸天神社 江東区 JR総武線「亀戸駅」北口より徒歩15分
JR総武線・東京メトロ半蔵門線「錦糸町駅」北口より徒歩15分
8月:例大祭
富岡八幡宮 江東区 東京メトロ東西線「門前仲町駅」より徒歩3分
都営大江戸線「門前仲町駅」より徒歩6分
8月:深川八幡祭
芝大神宮 港区 JR山手線・京浜東北線「浜松町駅」北口より徒歩5分
都営浅草線・大江戸線「大門駅」A6出口より徒歩1分
都営三田線 「御成門駅」より徒歩5分
9月:だらだら祭
品川神社 品川区 京浜急行「新馬場駅」北口より徒歩1分
赤坂氷川神社 港区 東京メトロ千代田線「赤坂駅」より徒歩8分
東京メトロ日比谷線・都営大江戸線「六本木駅」より徒歩8分
東京メトロ南北線「六本木一丁目駅」より徒歩8分
9月:赤坂氷川祭
日枝神社 千代田区 東京メトロ千代田線「赤坂駅」出口2より徒歩3分
東京メトロ南北線・銀座線「溜池山王駅」出口7より徒歩3分
東京メトロ千代田線「国会議事堂前駅」出口5より徒歩5分
東京メトロ銀座線・丸の内線「赤坂見附駅」出口11より徒歩8分
6月:山王祭(日本三大祭)
白山神社 文京区 都営三田線「白山駅」より徒歩2分
東京メトロ南北線「本駒込駅」より徒歩7分
6月:あじさい
王子神社 北区 JR京浜東北線「王子駅」北口より徒歩3分
東京メトロ南北線「王子駅」3出口より徒歩3分
都電荒川線「王子駅前」より徒歩5分、「飛鳥山」より徒歩7分
3月:飛鳥山の花見
根津神社 文京区 東京メトロ千代田線「根津駅」「千駄木駅」より徒歩5分
東京メトロ南北線「東大前駅」より徒歩5分
都営三田線「白山駅」より徒歩10分
5月:つつじ

東京十社めぐりに一年を費やした

実際に御朱印を集め始めたのは、たまたま神田神社に参拝にいったときに「東京十社めぐりの御朱印帳」を見かけたからだ。私は、そのときまで東京十社巡りを知らなかった。それをみたとき、”東京にある十社をめぐるのは距離的にも問題ないし、初心者にちょうどいい”という気持ちだった。ということで、2011年9月18日、たまたま参拝に訪れた神田神社からスタート。連れ合いに提案したときに”一緒に”というのがルールとなった。そして、その日からちょうど1年。2012年9月18日に十社すべてを参拝し終わった。なんと、23区内にある神社を10か所めぐるだけでも1年もかかってしまった。やはり、二人で一緒に参拝するというルールに制約されたようだなかなか、参拝のために一緒にでかける時間をつくることができなかった。

しかし、逆に考えれば1年の間に10回も(正確には1度に複数個所参拝したときもあるので10回ではないが)、連れ合いと出かけるということは、この年齢を考えればなかなか画期的なことではないかと思ったりもする。

御朱印のルーツ

御朱印のルーツは仏教の「西国観音巡礼」にあるという。写経したものを神社・お寺に納めること(納経)の証として御朱印があったそうだ。「西国観音巡礼」の詳細は他のサイトを参照されたい。

神田神社への参拝 江戸総鎮守

2011年9月18日(日)

神田明神は江戸東京に鎮座して1300年の歴史をもつ。江戸時代には「江戸総鎮守」として江戸のすべてを守護されまたという。

JR秋葉原駅から坂道を登って、神社へ向かう。9月も半ばを過ぎていたが、この日はまさに猛暑。さすが商売の神様の神田神社はいつ来てもにぎやかで、活気がある。なければ困る。私の友人もここで結婚式を挙げた。今でもその二人が仲がいい。日曜日であったので、有名な甘酒のお店もお休みだった。少々残念・・・。

早速、仕事運、商売運をもたらしてくれるパワースポットへ参拝。東京十社の御朱印帳を購入して十社めぐりがスタート。

画像 神田神社の風景

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画像 神田神社の境内

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画像 神田神社の境内の風景

画像 神田神社の風景

画像 神田神社の拝殿

画像 神田神社の御朱印

神田明神の帰り道に「湯島聖堂」に立ち寄る。

>>>史跡湯島聖堂,公益財団法人斯文会のホームページを見る(外部リンク)

徳川五代将軍綱吉は儒学の振興を図るため、元禄3年(1690)湯島の地に聖堂を創建して上野忍岡の林家私邸にあった廟殿と林家の家塾をここに移しました。これが現在の湯島聖堂の始まりです。その後、およそ100年を経た寛政9年(1797)幕府直轄学校として、世に名高い「昌平坂学問所(通称『昌平校』)」を開設しました。

史跡湯島聖堂,公益財団法人斯文会のホームページから引用

▼ 大成殿

画像 湯島聖堂

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▼ 守護獣の鬼犾頭(きぎんとう)と鬼龍子((きりゅうし)
画像 湯島聖堂の風景

 

亀戸天神への参拝 菅原道真を祀る

2012年9月9日(日)

四代将軍徳川家綱が天神様を鎮守の神様としてお祀りするように現在の社地を寄進されたのがはじまり。350年以上の歴史をもつ。

久しぶりに東京十社に参拝に行くことになった。まだ9月上旬ということもあり、ほとんど夏。暑かった。JR総武線「亀戸駅」北口より徒歩15分かかるので、JR亀戸駅からタクシーで亀戸天神まで行った。日曜日の午前中だったので、参拝客はまばらであった。
亀戸天神は亀が多いところ。池の中には相当数の亀がいると思われる。以前来たときには、菊まつり開催されていた。さっそく、家内安全、病気平癒を願い参拝する。その後、御朱印をいただく。

この亀戸天神の近くにくず餅で有名な「船橋屋」がある。1805年の創業の老舗である。このくず餅は、和菓子で唯一の発酵食品ということである。詳細は、船橋屋公式サイトを参照されたい。

>>>亀戸天神公式サイトを見る(外部リンク)
>>>船橋屋の公式サイトを見る(外部リンク)

▼亀戸天神の大鳥居

画像 亀戸天神の大鳥居

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藤棚の緑と太鼓橋の赤、空の青のコントラストが美しい。中央にはスカイツリーが見える。

画像 亀戸天神

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画像 亀戸天神 藤棚

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藤棚と本殿

画像 亀戸天神  藤棚と本殿

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▼ 手水舎
画像 亀戸天神の手水舎

画像 亀戸天神の拝殿

▼御朱印
画像 亀戸天神の御朱印

富岡八幡宮への参拝 伊能忠敬ゆかりの地

2011年12月5日(日)

年も押し迫った12月に連れ合いと富岡八幡宮に参拝に行ってきた。9月に神田神社に参拝して以来である。東京十社の二か所目。比較的自宅から近いにも関わらず、なかなか訪れる機会がなかった。

東京メトロ・都営大江戸線門前仲町駅から歩いて5分ほど。とても交通の便がよい場所である。境内には伊能忠敬の像がある。

伊能忠敬の活動

(1)伊能忠敬が生きた時代の日本

1700年代後半から、ロシア船が蝦夷地にやってきては、通商をもとめた。当時、蝦夷地でアイヌ人とお交易権を独占していた松前藩が、危機感を持ち幕府との相談の結果、東蝦夷地を幕府直轄とした(寛政11年,1799年)。当時、蝦夷地の情報がほとんどなかった幕府は蝦夷地の情報が必要であった。

(2)伊能忠敬の関心

伊能忠敬は、引退後に江戸の深川の富岡八幡宮近くの黒江町(現・門前仲町一丁目)に住み、江戸では高橋至時(よしとき)という先生について天文・暦学を学んでいた。当時の暦学では、「地球の大きさ」が話題になっていたという。忠敬も、地球の大きさに非常に関心を持っていたらしい。当時の幕府は、蝦夷地の情報が必要であったことから、忠敬に蝦夷地の地図作りの許可を出したのである。実際には緯度1度の長さを測ることを目標とする蝦夷地測量が始まったのである。

(3)第1次測量の旅

寛政12年(1800年)に忠敬の測量の旅が始まった。この旅では、歩測によって距離を記録しながら1日平均40kmを歩いたらしい。第1次測量の旅は、往復180日、歩いた距離は3,225kmであったという。

(4)第2次測量から第10次測量

第2次測量以降は、幕府の援助が厚くなり、地方の大名の協力を得て測量を行った。第1次は歩測により測量していたが、2次以降は、距離を測る道具として、間縄(けんなわ)鉄鎖(縄や鉄でつくったものさし)を使用した。また方位や角度を測る道具として、小方位盤半円方位盤を使用した(いずれも方位磁石)。

(5)忠敬がつくった地図(伊能図)

忠敬が作成した地図(伊能図)は、忠敬の死後3年たってから幕府におさめられた。伊能図は、正式には「日本沿海輿地全図」といい、海岸線にそって、日本劣等のかたちをあらわした地図である。

参考文献
  • 「伊能忠敬の道」発掘調査隊編『江戸から蝦夷へ四百里の旅ガイド 伊能忠敬を歩く』廣済堂,1999年.
  • 渡辺一郎『伊能忠敬の歩いた日本』ちくま新書,1999年.
  • 渡辺一郎,鈴木純子『伊能忠敬の地図をよむ』河出書房新社,2000年.

▼鳥居

画像 富岡八幡宮の鳥居

(クリックで拡大)

▼伊能忠敬像

画像 富岡八幡宮 伊能忠敬像  画像 富岡八幡宮 伊能忠敬像2

▼GPSによる国家基準点(三等三角点)

画像 富岡八幡宮 伊能忠敬 GPSによる国家基準点

画像 富岡八幡宮の拝殿

▼御朱印

画像 富岡八幡宮の御朱印

芝大神宮(芝明神)への参拝 源頼朝も篤く信仰

2012年6月7日

都鎮座は平安時代。1000年以上の歴史をもつ神社である。源頼朝、徳川将軍家より保護され、江戸時代には、江戸の産土神(うぶすながみ)として関東の庶民信仰を集めた。

都営浅草線の大門駅(上り)の中央の改札を出て、駅内をそのまま直進。右前方に階段が見えるので、その階段を上がる(A6出口)。地上に出て少しまっすぐ進み、一つ目の横道を右に入って徒歩1分
真っ白いきれいな鳥居。港区にあるので、サラリーマンと思われるスーツ姿の人が頻繁にお参りに来ていた。増上寺、東京タワーが近いので、観光客と思われる外国の方もちらちら見かけた。

下の写真のとおり当日は曇りであったが、白い鳥居と緑が美しいコントラスト。参拝して、御朱印をいただいた。

▼鳥居

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▼ 芝大神宮の狛犬

画像 芝大神宮の拝殿

(クリックで拡大)

▼御朱印

画像 芝大神宮の御朱印

品川神社(東京十社)に参拝 双龍(昇龍と降龍)が彫られた鳥居

2012年10月11日

神社の入口には双龍の鳥居がある。双龍鳥居の中ではもっとも古いものの一つらしく、かなり珍しいものだそうだ。立体的な彫りで大きさもかなりのものである。また、都内最大の富士塚があり、なかには都内最大の富士塚があり、富士塚は、富士山を見立てて作られた人工の山のこと、この富士塚を登れば、富士山を登ったのと同じご利益があるとされている。

(追記)
2016年の映画「シン・ゴジラ」ではゴジラから品川神社に逃げる人々が登場する場面がある。

 

画像 品川神社の鳥居

鳥居(昇龍)

龍は、神域を守護するものとして、山門の仁王像や獅子、狛犬と同様の役割を担っている。
昇竜は右回りに巻きつき、空にのぼっていく龍である。右まわりをしながら、プラス・陽の気をもたらし想いを天に伝えていくという。

宇宙のエネルギーは右回り。エネルギーは右回りは力が溜まる。左回りは力を放出する。などなど右回りの意味は、ネットにさまざまな解説があるので参照されたい。あらゆるところで意図的に右回りが使われていることに気づく。

画像 品川神社の鳥居2

降龍

左回りの降龍。この左回りに同調すると、難が大きくなるという。その難を何をなんとか無難にしようというものだそうだ。
左回りの意味についても、ネットを参照されたい。いろいろな意味や解釈がある。

画像 品川神社の鳥居3

拝殿

画像 品川神社の拝殿

御朱印

画像 品川神社の御朱印

能舞台

能舞台は小さな宇宙として独自の主張をもつものといわれている。

画像 品川神社の能舞台

画像 品川神社の能舞台

画像 品川神社の境内の様子

赤坂氷川神社に参拝 江戸の情景が残る

2012年9月18日

東京メトロ南北線「六本木一丁目」駅で下車して、徒歩で神社に向かう。港区という都会だが、神社が近づくにしたがい、街全体がひっそりとした雰囲気になってくる。このあたりは大使館があるせいだろうか。この日は、他の参拝客はほとんどなく、港区の赤坂とは思えないほどの”静寂”である。

この神社は、安政の大地震・関東大震災・東京大空襲の被災を免れ、江戸時代当時のままの姿を残しており、東京都重要文化財に指定をされている。江戸の年号が刻まれた鳥居・燈籠・狛犬が現存し、江戸の情景がそのまま残る。

▼鳥居

画像 氷川神社の鳥居

▼御朱印

画像 氷川神社の御朱印

画像 氷川神社の境内の様子

画像 氷川神社の拝殿

日枝神社に参拝 太田道灌の江戸築城からはじまる

2012年8月12日

太田道灌が江戸の地に築城するにあたって、川越日枝神社を勧請したことに始まる。500年以上の歴史をもつ。

この日も、連れ合いと一緒に参拝。木々の緑と白い鳥居のコントラストが美しい。三角の鳥居は山王神社の特徴。53段の階段を上ると神門が見えてくる。神門をくぐると、正面に拝殿、左手に手水舎、右手に藤棚。
下の写真をみるとかわるように、赤、青、緑、白がひとつの風景として映り、とても彩り豊かな神社である。

▼山王鳥居
画像 日枝神社の鳥居

▼ 表参道(山王男坂)
画像 日枝神社

▼神門

画像 日枝神社の神門

▼境内
画像 日枝神社の境内の様子

画像 日枝神社の境内の様子2

▼手水舎
画像 日枝神社の手水舎

▼御朱印
画像 日枝神社の御朱印

白山神社に参拝

2012年1月13日

新年早々に、白山神社に参拝に行ってきた。この日は平日であったが、ちらちら参拝客が来ていた。

毎年、6月に文京あじさいまつりが行われる。約3,000株のあじさいが、白山神社の境内から白山公園にかけて彩るということだ。

▼ 手水舎

画像 白山神社の手水舎

▼拝殿

画像 白山神社の拝殿

画像 白山神社の拝殿2

画像 白山神社の手水舎

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▼御朱印

画像 白山神社の拝殿

王子神社(王子権現)に参拝

2012年9月18日

南北線王子駅を出て、音無親水公園沿いを歩いて王子神社に向かう。音無親水公園は、緑豊かな公園で、石畳も情緒がある。春は、飛鳥山公園とともに花見でにぎわうそうである。

ゆっくり緑をたのしみながら歩いても王子神社までは10分はかからない。普通に歩けば5分程度らしい。すぐに緑の木々の中に白い鳥居が見えてくる。この日は平日ということもあり、われわれ以外の参拝客は見当たらない。社内は丁寧に掃き清めらていた。参拝後、御朱印をいただく。

王子神社の隣に関神社がある。この神社は「髪の祖神」。全国でも珍しいそうだ。御祭神は百人一首でも有名な蝉丸。理容師や美容師といった業界の人をはじめ、髪の悩みを抱えた人も多く祈願に訪れているそうだ。この日も、関神社には参拝客がちらほら見られた。

▼音無親水公園

画像 音無親水公園

▼鳥居

画像 王子神社の鳥居

▼拝殿

画像 王子神社の拝殿

画像 王子神社の境内の様子

画像 王子神社の境内の様子2

▼御朱印
画像 王子神社の御朱印

根津神社に参拝してきた

 

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